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理系ってどんなこと考えてるの?っていうと、こんなこと考えるの、っていおうとおもっています。 「ゼロベースで考える」

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年齢のふしぎ

教育実習に行ってきました(去年、笑)
私立の場合、公立と違い、先生は基本的に同じ学校で勤めあげます。いわゆる終身雇用の典型例でしょうか。

そこで、自分自身が中1のときにお世話になった先生がいます。今から約15~10年前の話です。その当時で40代後半、卒業時には50台前半だったでしょう。さらに当時担任してもらっていた先生が指導教官ということで私にメインでついてくださいました。その先生は10年前で40前でした。

で、10年後の去年。その当時50ちょいだった先生はもうまもなく定年という年齢、60歳を超えられ、その当時40だった先生は50手前になっていました。
しかし、自分にとってはまったくその面影は感じませんでした。今60代の先生は50歳に見え、今50歳の先生は40歳の先生に見えました。

話しは変わりますが、一時一世を風靡した爆笑問題も、51と52歳だそうです。ダウンタウンも53歳。明石家さんまなどもう61です。
自分の中ではまだ皆40代です。

でも、これを今の小学生や中学生は、今の年齢でそのままその人たちを眺めるんだろうな、と。
つまり、ダウンタウンや爆笑問題は、自分の小中学生のときの明石家さんまのように見え、
明石家さんまは自分の小中学生の時のみのもんたや久米宏のように見えてるんだろうな、と。
見る人によって、まったく同じものを見ているはずなのに、若く見えたり年相応に見えたりするんだろうな、と考えるわけです。

となると、これこそ結婚にある意義ではないかと思ったり。すなわち、
自分が結婚するときのねんれいの記憶がある状態で60歳、70歳、80歳を迎えると。
何も知らない人は、70歳のときに出合えば単に70歳のじいさん。
でも、過去を知っている人には70には見えてないんでしょうね。
おそらく、昔の思い出というフィルターを通してみるので、もう少し若く見えているはず。
自分の父親も60ですが、まだ40代そのものだと思っていますが、どうなんでしょうか。
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志望動機、自己PRに活かす!「エピソード」に力強さを加える魔法

就活も6月解禁で、実際に書類選考や面接まで進んでいる人も多いでしょう。なんせ9月までの短期決戦ですから。
その中で、志望動機や自己PRの精査をしていて、なんだかものたりないなーと思っている方もいるかもしれませんね。
そんな人に贈りたい言葉が
「起承転結」
です。
そんなこと、聞いたことあるし、わかってるわ!!とおしかりを受けそうですが、あえて言います。
この起承転結をうまく生かせば、命が吹き込まれます。


【具体的練習エピソード】
・サークルでイベントの準備の補助に入り、イベントは成功した

まぁありがちかと。でもありがちでいいんです。1人じゃできることなんてしれてますからね。
みなとまとまって何かやったことをアピールするのもよしですが、今回の話とは違うので、また別の機会に。

で、ここで間違った文字数のふくらませをやってしまうのです。
「イベントの準備の補助に入り、土日も惜しまず毎日話し合いを重ねた。昨年の来場者数の倍である1000人を超え、イベントは成功した」

そして、イベントが成功したことは別にそこが大事なんじゃないのです。その
成功するまでにあなたが踏んだ過程を知りたいのです。

この話をそのまま上の表記で書いただけだと、まったく個性がありません。
そこで、起承転結を考えましょう。
「何か困ったことはなかったか?」と。
困ったところは「転」です。
 -同級生の中で意見が二つに対立した

準備した(起承)
うまくいかない(転)
~~した(結)

その時、困ったことを解消するために何かしたと思います。
なぜそれを解消しないといけないと思った?
 -皆が一つに向かって進んでいくという気持ちこそ、イベントの成功には重要だと考えた
誰かに助けを求めた。誰に?上級生に?同級生に?
 -4年の先輩
なぜその助けをその人に求めた??
 -知識が豊富であり、そして部の中で一番皆に声をかけていて、皆から慕われていた
と考えていくのです。

もうお判りかと思いますが
「その人の考え方」のなかに「個性」が見えるのです。
だから、「なぜそう考えたのか」を徹底的に追及するのです。
そうすると、「この人は思いやりのある人だなあ」とか「仕事が速い人だなあ」とか
いうのが読んでいて伝わってくるのです。
わざわざ「思いやりの精神をもって」とか「コミュニケーション能力を発揮し」とか書かなくても、わかります。
その部分のない自己PRはインパクトが弱いのです。

たぶんこの話は、分かっている人には当然の話であろうとも思いますが、
当然の話が分かっていないと大きなビハインドになってしまうので、記事にしています。

小学校の算数の授業を知って驚いた:長さの感覚の定着

小学校の先生の卵、せんたま?たちとまじって大学の授業を受けておりました。

算数の授業で、小学校2年でm、cm、mmまで勉強するそうです。
で、一番大事だと最近考えている、「感覚を身につける」という部分が
かなりわずかな時間配当になっていることに衝撃を受けました。

長さの授業が12時間なのに対し、最初の1時間程度で
「1mをみつけてみよう」というテーマを終わらせ、そのテーマが定着したという
前提でどんどん問題演習に進んでいくのです。
いやいや、それじゃだめですよ、と言いたい。
もちろん、カリキュラムの流れとしては最適化されていますが、
イメージは残念ながら1回2回では伝わりません。

「1m」というのは、成人の背の高さよりちょっと短いくらいという感覚。
それは何度も「1m」を使う、あるいは話をする中でわかってきたことで、
それを1時間程度でハイわかってますよね、というのはどうなんだと。

だから、実際にすべきフォローは、毎日どこか気づいたタイミングで、
「これってどれくらい?1mより大きい?小さい?」とかいうクイズ的なもので
毎回毎回遊ぶこと
です。そうすることで、長さの感覚が身についてくることと思います。

で、これは計算ドリルとかでは鍛えられません。
実際に大人が、現物を目の前にして、ほらこれが1mですよと
言いつづけるしかないのです。
でもそんなにたいそうなレベルの話ではないわけです。
なにも微分方程式を教えるわけじゃないのです。(微分方程式は教えられません、僕も)
そこで計算が大事だと言い計算ドリル演習に走ってしまうと
「1m+1cm=2m」とかびっくりな発言をする子が量産されてしまうのです。
正確な計算はあとにして、とにかく上の式が何か違うという感覚
身につけてほしいと思うのです。

そのイメージ力は高校になっても生きてきます。というより、
イメージ力に乏しい高校生を今年になって数名見ているからです。
その子たちには言うのです、「いや、それ小学校の内容やで・・」と。
事実なのでしょうがありません。

現在教育実習中です

現在母校で教育実習中です。
「ふつう6月」なんですが、特例ということで、こんな時期に教育実習しています。
また追ってご報告します。
まぁそもそも、生徒に見つかったらいやなので・・・
(見つけてしまった生徒さん、このブログはそっとしておいてください)

めちゃくちゃいい文章があったので紹介シリーズ「ゆとり教育」

ゆとり教育に関して :姫路市のプロ家庭教師
http://dzdz.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/index.html

勉強以外にベクトルを向けたこの話が入っているのも
何とも感慨深い記事になっております。
Profile

久米さんです

Author:久米さんです
最近勉強が楽しくなってきた27歳男。
明星大学通信教育部通学中。

この4月から兵庫県にある私立高校勤務予定。

くめさんです。久米ひろしさん本人とは似て非なるまったくのでたらめです。

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