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こんな感じで論文読んでます

論文はおおむね6~10ページ前後。
そのまぁ学生の考え的には「クソ長い」論文を
最初から最後まで一生懸命読むのは
本当の1本目、2本目の論文くらいだと思う。
(最初は本気でまったく単語がわかりませんでした、
今もわかってませんが)

3本目、4本目ぐらいでなんとなくのつかむべき
場所は徐々に見えてきて、以降こんな感じでやってます

1.最初のところはなんなら全訳するくらいに読む
 その目的は、この論文の目的
「要するに、何したいか」をつかむこと。
2.それ以降は質問力。
・何のためにそんなことをする必要があるのか
・この論文以前にはどういう前提があったか
・その目的を達成するためにどういう手法を使うか

軸となるゴールをしっかり定め、そこに至るまでの
過程に対して枝をくっつけていくイメージで今はやってます
まぁでもマジ試行錯誤で大変です。
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就職か、白紙化(博士か)。

for自分のメモにもなるからね。

今日いよいよ研究室の教授に
「今後の進路をものすごい迷ってまして」といった。
正直、本当に迷っている。
本当は、自分の中でのシミュレーションでは
「この研究室で博士課程もやりたいと思っています」
という予定だったのだが。
まだ就職への気持ちも捨てきれてない。

で、肝心の教授からの返事は次のよう。

1.博士になる場合のデメリットの可能性は覚悟のこと。
・金銭面。奨学金を申請するのか。
・博士の後、修士とは別枠の就活枠になるので注意
・博士の後に大学ポスト枠が空くかがやはり問題
 (いわゆるポスドク問題。)
2.われわれ教員とやっていきたいか?
 (まぁ自分でいうかねと思ったけども)
3.博士に行くにしても、いろいろ企業研究はしてみれば?
4.でもそんな企業研究に時間作メリットはそんなにないけどね
5.もし本気でやっていきたいなら、最大限のフォローはします

助教の先生からはひとこと
「悔いのない選択しないとね」

まさに、その通りです。

ついこの最近まで就職就職、就職あたりまえでしょでしょ?って
ひたすら念仏のごとく言ってきてたので、そこがまだ腑に落ちてない。

10月末までに何かしら腹をくくってしまいたい。

東京に来て思うこと

東京にさっき着きました(7時前)。
んで、早稲田理工を除こうとしたらまだあいてなくてずごずごと
引き下がるという失態を犯したのであります。

はらも減り、高田馬場駅前の店でモーニングセットを頼み
のんびりしていると、まぁどこでもよくある光景ですが
店員さんが調理具を落とすという失態。
するとすぐ「失礼いたしましたー」がこだまする。
東京では「当たり前」。
ああ、ここの教育は行き届いているんだなぁと思いながら
サンドイッチをほおばる。

思うのは、京都ではあまりそういう我先にとサービス精神で
何かをしてくれることは少ない気がする。
マクドナルド(@京都)では結構やってくれた気がするが
すきや、松屋共に「失礼いたしました」がこだますることは
なかった。東京に慣れきった体だからなのか、
ちょっと、というより結構イラっとする。

なぜにイラついてしまうのか。
ついこの前読んだ本で、サービスはどんどん「当たり前」になって
次第に要求される水準があがってくる、その水準よりさがってくると
イライラするようになるのだ、と。
確かに、そんなきがするし、実際当たり前に近いことかもしれない。
しかし、イライラを捕らえるためには大事なコトだと思う。

当たり前基準をどんどん引き上げている科学技術。
クーラー冷蔵庫冷凍庫当たり前、
東京大阪を3時間で通える。しかも時刻表どおり。
科学技術の発展ときたら実際すばらしいものである。
しかし問題なのは、いざそれが使えなくなる、そこまでいかなくとも
ちょっと調子が悪いと、何で使えないかといってイライラする。
完全に使えて当たり前。
こんなにイライラすることが果たして幸せなのか。
幸せを求めてイライラしてんだからしょうがないよなぁ・・・

そんな事をいつもおなじみのBIGBOXのネットカフェから書いている
自分はもうどうしようもないやつである。

コミュニケーション能力ってなんだ

ちょっとまじめ。そして長い・・・

メディアが「就職するにはコミュニケーション能力が必要」とはやし立てる。
この「コミュニケーション能力」とは一体何か。
企業にこの語句の意味を問えば、「正直よくわかりません」という
意見も多い。(これこそが諸悪の根源であろうが。)

コミュニケーションという言葉が含む意図を考えてみると
辞書的には、コミュニケーションといえば人との意思疎通を表す。
意思疎通のスキルのうまい下手の区別をしているうちに
「友達が多い人=コミュニケーション上手」、その逆もまた然り
といった構図ができあがりさらには
サークルにいっぱい入っている人、バイト経験豊富な人
ミクシイ、facebookの登録数の多い人、恋愛経験豊富な人
といった方向に走り、やがては飲み会参加率こそが・・・
といった議論が進められていく。
しかし、どうも企業側もこの飲み会参加出来るかどうか
が基準ではないようであると訴える。

大学生が考えるコミュと企業側の考えるコミュの間に潜む
齟齬はどこから生まれるのか。自分が思うのは、
企業側がいうコミュニケーションは
意思疎通を図るべき対象によって分類化されるべきであり、
・上司とのコミュニケーション
・同僚、部下とのコミュニケーション
・分野の違う取引先とのコミュニケーション
があげられ、そのうち「同僚とのコミュ」が今までの学生の考える
コミュニケーションを取る範疇であり、逆にそれ以外の
世代や人々とのコミュニケーションについては考えに及ばず、
結果として「同僚とのコミュ」がやたらと偏重されて
2chで踊りまくることになる。

実際、確かに同僚とのコミュニケーションは
いろいろと大変な会社生活を送る中での精神的な置き場としては
一番ストレートで、一番手っ取り早い。
しかし、会社の業務をチームプレイのごとく進めてゆくためには
それだけでは回転しない。上からの指示を仰ぎ、
タスクをこなし、進捗状況を報告するために上に返す。
時間が進み、下に仕える人間ができたとき
適材適所、ということばがあるように
どの部下にはどの仕事を与えると一番効率よく回るか。
それを考えるためには日ごろからの部下の観察が必要であり、
ひいては部下とのコミュニケーションが必要になるかもしれない。

こんなことを思うのは、自分の大学生時代(今は大学インです)
コミュニケーション能力が必要だからと
人との壁を取り払うのはバカになることであるといい、
必死になってバカになった。しかし、所詮はバカどまりなのだと思った。
馬鹿になることは通るべき通過点かもしれないが、
自分自身にあてはめればそう思う。
塾講師をやって思った。こちらとしては全力である。
しかしレスポンスの悪いことがあった。
親密になること、それを重きに置きすぎたあまりに
自分がなすべきタスクへの準備は怠っていなかったか。
それが悔やまれる。
受験生は自分が思っている以上に必死なのであり、
これもまたヨクナイ発言であるが、正直にそう思う。

もう一歩人間的に進化するためには何が必要か。
それを考えているとき、こんな言葉に出会った。
「長所を見つけることのできる人間観察にたければ、内向的でも
人との会話に困らない。観察していたことを口に出せばいい。」
人間観察力は幅広いコミュニケーション力を持つうえで
重要ではないか。たとえば相手がどのような考えを持っていて
今自分はどのようにふるまえばうまく回るのか。

また逆に世の中にはコミュニケーションはとりたくないという
人がいる。観察すれば、その人がコミュニケーション
取りたくないオーラを発しているのであれば、それをうまく察知し
立ち回り方を考えることにつながるかもしれない。
というよりそういうコミュニケーションとりたくないですという
人がいることをほかの場面で学ぶ機会が23年間のうちに一度も
訪れなかったとは考えにくく、おそらく見逃していたのだろう。
いろんな問題が自分に降りかかって来たが、その原因の一つは
人間観察力のあまりの欠如であるといわざるを得ない。

コミュニケーションを取りたいと思う人間が多数であり
そういう人間のニーズにこたえるためにも人間観察力が
大きな支えの力となってくれるであろうし
コミュニケーションをとりたくないアピールをしている
人間を見抜き、いいところですーっと身を引くためにも
人間観察力が必要だろう。
ただ、その人間観察力はやはり一朝一夕では身につかないことは
覚悟の上である。ただ、日々クセにすれば、周りは人間だらけなので
観察に困ることはないだろう。同じ屋根の下でもたくさんいる。
やはりどうしても感性の部分はあるだろうが
数学の問題みたいなもので、毎日考える習慣をつけていると
「数学のカン」みたいな「人間観察のカン」がつくのだろうと思う。

ま、でもこういうことを学んでるのも
いろんな環境に身を置かせてもらっているからで…。感謝。

あんなこと こんなこと

レポートが終わりませんが

夏こんなことやりたいの巻
・統計学の基礎を固める。統計学の大枠を説明できるようになる。
・主成分分析、重回帰分析まとめる
・論文10報よむ(コレはガチ課題。)
・てんかんについて勉強してまとめる
(てんかんとは、問題点は、現状の解決策)
・数Ⅲ積分思い出す、そして深める
・twitter apiつくってみたいな
(勝手に情報収集してくれるようなやつ)

わっせわっせやってたらしらん間に夏終わるな。

引き寄せの法則を実感している

「引き寄せの法則」
なんかスピリチュアルなニオイが
ぷんぷんしてるけど
別にそういう類の怪しいものではなく。

言い換えれば「思考は現実化する」。
でももっと強烈。
まぁ無理やり言えば「思考を引き寄せの法則」。
だから考えたことが現実になるわけです。
おんなしこと何回も言ってるなおれ

だから、「出来んかったらどうしよう」って言ってると
まず出来ない。
「出来る、できる、できる、おれはできる」と
ナルシストのように言ってると本当にできる。
え、事実としてできないこともあるじゃん、
「だんだんできるようになってくる途中」
「絶対よくなる」
「絶対よくなる」
「絶対よくなる」
これにつきます。

それを感じたのは、自分が望んでいた進路に進めなかった時に
案外よかったな、という感覚を得ることが多いこと。
それは、望んでいなかった進路≠行きたくなかった進路
ということである。
望んでいなかったからこそ、自然に、いい部分を探そうとして
いい部分を「引き寄せ」につながる。
いやいや、そうとも限らんでしょう
その思考こそ、引き寄せられてしまう。
マイナス思考はやめなされ、という一つの理由でもあるのだろう。

語ってしまいました
Profile

久米さんです

Author:久米さんです
最近勉強が楽しくなってきた27歳男。
明星大学通信教育部通学中。

この4月から兵庫県にある私立高校勤務予定。

くめさんです。久米ひろしさん本人とは似て非なるまったくのでたらめです。

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